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漂流者のような心
眠剤に頼ってはいるけれど、このところ寝つきは良い。朝からまだ眠く、今日も二時間程二度寝をしたが、起きてからも一時期の様な不快感を感じない。妻から「最近いびきをかかなくなったね」と言われる。激鬱の時は、隣の部屋まで聞こえる程のいびきをかいていたそうだ。「鬱」と「いびき」は関係するのだろうか。

今は昼間散歩に出て、風の心地よさを肌に感じ、自然を美しいと思う事が出来る。家族とも楽しく会話が出来ている。健康な人にとってはごく当たり前の事なんだろうけれど、躁鬱病の僕にとっては、すごく嬉しい事だ。いつまた鬱の波が襲ってきて、心のフィルターを曇らせてしまいはしないかという不安は常にあるけれど、薬をきちんと飲み、酒も飲まず、家族も暖かく見守ってくれているこの環境で「鬱」が襲ってきても、それは避けがたい運命と思う以外には無い。どうしようもない。いつの日か研究が進み、躁鬱病の根本原因が究明され、完治する薬が発見される事を祈るしかない。それまでは、この漂流者のような心から逃れる事はできない。

とにかく、今は凪だ。出来るだけ妻に優しくしよう。息子と笑って話をしよう。この心地よい風に吹かれていよう。
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【2007/05/31 17:44】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
復職への意欲
今日は朝起きてから眠く、二時間程二度寝をした。妻がパートに出かける時は布団の中だった。

寝たきりの状態から脱け出して、半月がたつ。本も普通に読めるし、バレーボールに行っても体が思うように動くし、家族とも会話が出来る。つい「復職」が頭をよぎる。診断書は6月の20日まで病気療養で提出しているので、それまでこの状態が続いてくれたら「復職」を申し出てみようかと思ったり、まだ早いかなと思ったり、とにかく「早く仕事をしたい」という気持ちが強くなってきている。長男の学費の方も心配だ。休職者には銀行はお金を貸してくれない。二つの銀行に教育ローンの申請をしたが、いずれも休職中ということで審査に通らなかった。妻は何も言わないが、家計は火の車である事は間違いない。とにかく、この安定状態を維持させて、復職の目途をたてたいという気持ちと、明日はどうなるか分からないという気持ちが交錯する。躁鬱病でも、うまく波を乗り切りながら仕事を続けている人もたくさんいる。僕もそれに習いたい。仕事に行きたい。

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【2007/05/30 15:35】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
やわらかい生活
昨日、今日と朝起きてから眠気がこない。過眠の波が過ぎたのか、まったく気まぐれな脳細胞だが、悪くない、普通の生活が出来ている。

病院で自立支援の更新の手続きをした後レンタルビデオ屋へ行き、長い間レンタル中だった「やわらかい生活」のDVDが返却されていたので借りて観た。原作は2006年「沖で待つ」で芥川賞を受賞した絲山秋子氏の処女作「イッツ・オンリー・トーク」という小説で(彼女は躁鬱病で入院中にこの小説を書き始めたそうだ)、東京の蒲田で暮らす主人公橘優子は無職で貯金暮らしで躁鬱病、優子の部屋に居候する従兄弟や、大学の同級生でEDの議員、優子が作っているメンタル系サイトにメールをよこして来た鬱病のヤクザ、出会い系サイトで知り合った痴漢、そんな登場人物とのひと夏の出会いや別れを描いたものだが、映画は、主人公の優子を寺島しのぶ、従兄弟の祥一を豊川悦司が演じていた(愛の流刑地コンビだ)。原作ではほとんど躁鬱病のエピソード的なものは描写されていなかったが、映画での寺島しのぶの躁鬱病は上手かった。特に鬱の時の演技は、これそのものだった。

「優子ちゃん死ぬの怖くないの?」「あたしは死のうと思うようになる事が怖い」

優子がつぶやくこの言葉は、躁鬱病の苦悩を言い当てている。

鬱が酷くなって、風呂に行くことも出来なくなり寝てばかりの優子に対し、薬を病院まで取りにいって飲ませてあげたり、料理を作ってあげたり、髪を洗ってあげたりする祥一の偏見のない飄々とした優しさには心暖まるものがあった。

盛り上がりや超感動なシーンは無いが、ほんのりと優しく心をなぞって行くような映画だと思った。





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【2007/05/29 15:08】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
穏やかな波
布団から這い出して二週間たった。眠剤に頼ってはいるが、寝つきは良い。眠る前にあれこれ絶望的な事(死んだほうがましだとか、仕事無くしちゃうのかなーとか、破産するんじゃないかとか)を考える事も無くなった。今日は、二度寝もせず朝から起きていられた。不安感も無く、平穏とした心で過ごせている。

二男が休みで家に居る。高校総体の代休らしい。野球の練習も休みで一日家に居る。激鬱の時は、会話をすることもままならず、寝たきりの自分をみられるのが苦痛だったが、今日は軽く会話が出来る

この緩やかな波が、ガーと上がりもせず、ドーンと下がりもせず、滾々と続いてくれたらいい。縦に遮断され行き場を失った波ではなく、柔らかな砂浜に吸い込まれるように流れていく波。この波に促されながら、僕は陸地を目指したい。暗い水底から這い上がり、僅かな星の瞬きを心に、いつか笑って暮らし過ごしていた陸地を。

絲山秋子氏「第七障害」読み終わる。北杜夫氏の「酔いどれ船」読み始める。躁鬱病作家の本ばかり読んでいる。文章は、スムーズに読み進めることが出来ている

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【2007/05/28 13:49】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
笑顔を取り戻せたら
昨日の夜は、友人のKさんの引っ越し祝いの飲み会だったが、僕は行かなかった。今年の初め、同じメンバーで飲み会をした時、二言三言しかしゃべれなくて疲れて帰った苦い記憶があったので、今日は妻だけ行かせる事にした。よく人のプログを読んでいると、鬱でも人と楽しく飲んだりしゃべったりした事が書いてあって、うらやましい気持ちになる。僕は鬱の時は、人と楽しく会話したりは出来ない。言葉が出ない。でも、ここ二週間の状態なら大丈夫かなと思ったりするが、皆ワイワイやっている中で黙り込んでいる自分を想像したりして、結局行けなかった。
この頃、頓服無しで眠れているので、もしかしたら眠剤だけで眠れるかもと思い、レポトミンを2錠だけ飲んで床についたが甘い考えだった。1時間くらい眠りつけないでいると妻から電話が。「具合悪い、吐きそう、迎えこれる?」。寝てなくて良かった。すぐ車で迎えに行き、帰ったら12時を過ぎていた。妻は風呂にも入らず、即ぐーぐー。単なる飲みすぎ!僕は、残っていたロヒプノールを飲み、割と早く眠りに入れた。

今日は、二日酔いの妻と二人で、ごろごろしていた。

鬱の症状も人それぞれで、親しい友達とあったりすると元気になるとかもあるらしい。僕はとにかく、人に会いたく無くなる。病気を再発する前は、人と集まるのがとても好きだった。自分だけ素面でも平気でワイワイやれた、「keisuke君の笑顔っていいよね」って言われた、明るく朗らかな性格だった。また、みんなとワイワイやれる日が来ればいいな、あの頃の笑顔を取り戻せたら、何もいらない。

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【2007/05/27 15:28】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
野球の応援
バレーボールをやった日は寝つきがいいようだ。布団にはいってすぐ眠れる。適度な運動は睡眠に効くんだ。スポーツできる体調が続けばいいな。あとは、いかに深く眠れ、爽快に目覚める事が出来るかだ。まだ、朝おきてから眠い。

今日は、昼から妻と一緒に二男の野球の応援-NHK杯予選-に行った。野球の応援なんて1年ぶりくらいだ。球場にはたくさんの人がいたけれど、不安感もなく、疲れも無く、座っていることが出来た。彼はまだ高校二年生なので、レギュラーではなく代打要員だ。でるかなあと思って見ていたら、2アウト2,3塁のチャンスで起用される。打て、打てー、打てー、っと願ってたら、フォアボールだった。三振じゃなくてよかった。結局二男の高校は負けたけれど、息子がバッターボックスに立つ姿が見れた事はとても嬉しかった。次回の試合も見に行けたらいいな。
【2007/05/26 21:36】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
診察日-ドクターの資質-
頓服無しで眠れはしたものの、熟睡感は無く、起きてからも眠い。眠いから2度寝をする。2度寝をすると気分が悪い。午前中は、その悪循環でつぶれてしまう。朝こんな感じじゃ、仕事なんてまだ無理だな。どうにかして、良い睡眠を手に入れたい。妻がパートに出かけた時は布団の中だった。せめて、妻が家をでるまでは起きていないと悪い気がする。

12時頃にのこのこと起き出し、妻が作ってくれていた冷やしうどんを食べる。そのあと車を運転し隣の市のS病院へ。二週間に一度の診察日。もうかかり始めて、かれこれ17年になる。激躁になり、パトカーに先導され、親父の運転する車で運ばれたその夜の当直医が今でも僕の主治医だ。もう、80歳近くになるだろう。躁鬱病関連のサイトの中である人が、躁鬱病はいかに合った薬と良い医者にめぐりあうか-ドクターの資質-が大事だと書かれていたが、僕は良い医者にめぐりあったとは思わない。診察を受けて落ち込む事も多い。二週間前の診察の時も、激鬱でほとんど寝たきりだと言う僕に、「奥さんと子供ががんばっているんだから、散歩くらいしなさい、本くらい読みなさい」と言う。(分かってるよ、分かってるけど、無理なときはどうしても無理です、それを無理してでもやったらよくなるんですか)と心の中でつぶやいていたけど、激鬱状態だったので「はあ、出来れば」としか言えなかった。医者が鬱の患者にがんばれ見たいな事言っちゃだめなんじゃないのかなあ。がんばれないから病院きて薬もらってるんだから。同席した妻も「あの言い方は無いんじゃない」。17年間も診てもらってたって、理解してもらってる気がしない。僕のカルテはどんどん厚くなっていくのに、その内容はとっても薄いものに思えてならない。精神科のドクターの資質っていったい何だろうか。

予約なしでも、待ち時間は5分。田舎だからかもしれないけど、午後からの外来はほとんどいない。なんとか起きれるようになり、バレーや散歩に行くようになった事。熟睡感が無いことなどを話す。「午前中寝てるからね。熟睡感がないのはそのせいだよ」うーん、なんか違う。この人はいつも健康な人を基準に、症状を判断するよなあと思う。ここは内科ではなく精神科なのだ。もっと、躁鬱病特有の病相を深く掘り下げて判断してほしい。過眠も病気の症状のひとつなのだ、と思うけど言わない。言わないほうも悪い。17年とういう惰性。「でも、散歩に行けるようになったことは、少しの進歩だね、薬はいまのままでいくから。それじゃ。」診察時間は5分足らず。これって診察?皆こんな感じなのかなあ。

自立支援の更新があるので、次は保険証と印鑑と2100円の診断書代を持ってくるようにと言われる。病院側で代行して行うらしい。これって手帳とかあって、皆自分でやってるんじゃなかったけ。手帳とか受け取ったことないし。よく仕組みが分からないまま、病院にまかっせきりだ。

2週間分の薬を外の薬局で受け取って、家に帰る。散歩する。今日は、硬いほうのバレーだ。行きたいという気持ちがある。
まだ、落ちてはいない。

【現在の薬】
朝:リチオマール100mg×3
  アモキサン25mg
  テトラミド10mg
昼:アモキサン25mg
夕:リチオマール100mg×4
  アモキサン25mg
  テトラミド10mg
就寝前:ロヒプノール1mg
    レボトミン5mg×2
頓服:デパス1mg
   レボトミン5mg





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【2007/05/25 16:47】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(5)
普通のことを普通に
昨日のミニバレーは不安感も無く、楽しく出来た。気持ちよく汗をかいたせいか、頓服なしでもすぐに眠りにつけ、夜中に起きることもなかった。

朝7時半、妻に起こされ朝食を。眠くて、やっぱり二度寝した。10時くらいに目がさめたけど、なんだか、やっぱり寝起きはいまいち。なんにもやりたくない気分。昼過ぎくらいから、ネットサーフィンばかりしていた。夕食後くらいからは、気分も落ち着いて、不安感も取れた感じだ。

日内変動はあるけれど、不安感も少しあるけれど、寝たきりではない。イッチーさんにコメント頂いたように、普通のことを普通に出来ているようになってきただけでも今はよしとしていこう。

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【2007/05/24 20:23】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
妻の寝顔
昨夜は、二男の現代国語の課題を手伝った。「お父さんもたまには頭を使ったほうがいいよ」って、俺のためかい。まあ、激鬱の時は会話もろくに出来ないからね。適当なところでやめにして、11時に就寝したが寝付けず、1時に頓服を飲んだ。その後は、眠ることが出来、朝7時半に妻が起こしにきた。相変わらず、寝起きの気分がいまいち重い。朝食を食べた後で、やっぱり2度寝をしてしまった。浅い夢を繰り返し、11時半頃目が覚めた。健康な人にとっては、眠りというのは、気持ちのいいものだろうが、今の僕の眠りは、不安が蓄積している感じで、気分が悪い。こうして少しずつ落ちていくのだろうか、そう思いながら昼食をとり、しばらくテレビを見ていても、僅かだが理由のない不安感が胸にとりついていたので、デパスを飲むことにした。30分位したら、ほんの少し楽になったような気がする。劇的な変化はない。こうして、薬でだましだましでも心の安定を保てたら仕事も出来るのだろうけど、今はまだきっと、職場の環境の中に身をおいたら、増大する不安の波に飲み込まれ、鬱へと落ちてしまうだろう。今はとにかく、家で起き上がっていられる、本が読める、テレビが見れる、この状態を保ちながら、朝の落ち込みをなんとか改善する術を探ることだ。そのためには、いかに良く眠れるかにある。今日の夜はミニバレーだ。激鬱の時は無理だが、今の体調なら行くことが出来る。体を動かし、気持ちのいい汗をかけたら、少しは睡眠もましになるだろうか。jinnjyabukkaku さんから教えていただいた「温灸」というのも試してみたい。

今妻は昼寝をしている。僕が元気な頃は、昼寝をすることなど無かった。僕のせいで、とっても疲れているんだ。妻の寝顔に向かって心でつささやく。ごめんね。少しずつでも、良くなるようにがんばるから。いつも支えてくれてありがとう。

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【2007/05/23 15:03】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3)
行ったり来たり
昨夜も頓服無しで眠れたが、嫌な夢で1時ごろ目が覚める。なんとも不快な気分のまま再度眠りにつく。7時半に妻が起こしに来る。熟睡感は相変わらずなく、なんとか眠れたという感じ。朝食後、二度寝。眠りにはつけず、横になっていた。昼食後、少しだけ本を読む。まだ、本が読める、音楽が聞ける、最低の状態ではない。でも、先週の土曜日の結婚式の時の気分より一歩後退している気がする。行ったり来たり。

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【2007/05/22 13:32】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
早く楽にしてあげたい
昨日も、ロヒプノール1錠とレポトミン2錠で就寝。頓服のデパス1錠とレポトミン1錠を飲まなくても寝れる事は、薬が減る事は、進歩だと思うこととする。それと、夜中にも目が覚めなかった。ただ、朝7時半に妻が起こしにきた時は、頭が重かった。ロヒプノールのせいか、また鬱へと下っていっているのか。朝食を摂った後、今日は朝からまつ毛パーマをしに人が来るのだというので、あまり眠くなかったが2度寝する事にした。やはり平日も旦那が家にいる姿を妻の友達には見せたくない。もっと躁鬱病である事をカミングアウトした方が楽になるのかもしれないが、それを出来ないでいる。浅い眠りを繰り返し、皆が帰った後妻が起こしにくる。昼食を食べ新聞に目を通す。「うつ治療 支える家族力」という特集記事が組まれていた。-病を憎んで人を憎まず-、-病気の特徴を知り上手に見守る-、今の自分を支えてくれている家族の対応そのものだった、そう出来ていない社会的背景があるからこういう記事が載るのだろうから、僕は恵まれているんだと思う。今日で布団から抜け出して1週間、暗い水底から浮き上がり、ぷかりと水面に顔だけだしてなんとか立ち泳ぎを続けている。なかなか前には進まない。いつまた沈むとも知れない自分を自分で、見つめるために、プログを書いている。その行動の、感情の、輪郭を辿ることが、前に進む術になるやもしれぬと淡い期待を抱いて。

会社に5月20日より一ヶ月休職の診断書を送る。一日の時間は長いのに、一ヶ月たつのは早く、妻が費やすものも増えるばかりだろう。早く楽にしてあげたい。

絲山秋子氏「イッツ・オンリー・トーク」読み終わる。「第七障害」読み始める。

胸に僅かに不安感の火種を感じている。誰に会ううわけでもないので、デパスを飲むのはやめにしておく。

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【2007/05/21 16:31】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
安定したリズム
昨日、やはり薬の勝手な服用はやめようと思い、主治医に電話で尋ねたところ、不安時はデパスだけなら飲んでも良いとの指示。式の方にも招待を受けていたので、妻と二人バスに乗り、3時に式場に着き、デパスを一錠投入、3時半からの式。ぎりぎりに長男も高速バスでかけつけ、3人で出席。親族含め20人程で行われた厳かな神前結婚式だったが、安定した状態で座っていることが出来た。20年前、神前で、僕もそう誓ったな、「健やかなる時も、病める時も、愛し合い、助け合い・・・」、今僕は病み、妻は助けてくれている。若く、幸せそうな二人が緊張気味に読み唱えている誓いの言葉が、ひどく重く、尊いものに感じられ、感慨深い式だった。その後、4時30分から披露宴。若者らしい賑やかな宴で楽しかった、それからもうひとつ、20歳になったばかりの長男と席を並べて一緒に酒を飲めた事は、とても嬉しかった。普段は、絶対禁酒なんだけど、今日は妻も大目に見てくれた。長男が3歳のとき初めて躁鬱病を患って以来、その後の13年程の寛解期もずっと禁酒していたが、「20歳になってからは飲む」と願をかけていた。悲願だった。結局4年前に再発してしまったので、禁酒は続けなければいけなくなったが、少しの涼だったけれど、それでも、昨日の酒は格別に美味しかった。その後、一旦家に帰り、10時から、新郎の母親のSさん、Kさん、妻の親友トリオと僕の4人、彼女らの行きつけのバーでささやかな2次会。花嫁の子供の時の話、結婚式の話などで会話がはずんだ。人と会話がはずむ、この感覚を持ち続ける事が出来たら仕事も出来るようになるはずだ。帰宅後、頓服なしで眠りにつく事が出来た。

今日は、8時に妻に起こされる。午前中、バス停まで長男を送っていき、午後からプールへ。プールは1年ぶり位。1時間ウォーキング、5km平泳ぎ、ジャグジーでリラックス。なんとか、この安定したリズムを保てたら光は見えてくるかな。

帰宅後、Amazonから届いていた絲山秋子氏「イッツ・オンリー・トーク」を読み始める。

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【2007/05/20 17:09】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3)
結婚式
今日は、昼過ぎから、妻の親友の娘さんの結婚式がある。久しぶりに大勢の人の前に出る緊張感から、昨日の夕方は不安が募り、本当は就寝前の頓服であるデパスレポトミンを飲んだ。主治医に電話して、飲んでもいいかと聞こうかとも思ったが、ちょっと面倒だったし、2錠なので、まあいいかと思い、独断で試薬してみた。30分くらいで不安感が和らいだ。薬がきいたのかなあ、ひょっとしてプラセボ効果ってやつかも、どっちにしろ厄介者はやっつけられた。パートから帰宅した妻と夕飯を食べ、7時から中学校の体育館でバレーボールをした。いつも、4、5人くらいしか集まらないが、妻は毎週金曜日に行っている。僕が行くのは久しぶりだ。このバレーボールに出て行けるかどうかが僕の体調のひとつの指針となるんだけど、昨日は4人で、レシーブをやり、アタックをやり、2対2の試合までやった。あれ、楽しいぞって感じで、みっちり2時間、体中あちこち痛かったが、心地よい疲労感が残った。それでも、夜は頓服を飲まないと眠れなかったが、夜中に目はさめなかった。朝は、7時起床。昨日の朝に比べると、プラス1という感じ。朝食を食べ、絲山秋子「海の仙人」を読み終わる。本を一冊読み抜けるなんて1年振りくらいかな。薬に助けられながらでもいい、白紙ではない、「何か」を感じられる毎日が続いてほしい。
妻は来てほしそうだったけれど、午前中の二男の野球の応援はやめにした。今日の波が保てれば、次の試合には行けるかもしれない。また久しぶりにと書けるかもしれない。心の星よ、明日も瞬きを続けてくれ。

今は、不安感はないけれど、念のため、薬は式には持っていこう。飲んでもODとはいわないよね、先生。

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【2007/05/19 11:32】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
給与明細
昨日、会社から、給与明細が送られてきていた。この4年間、途中復職したものの、もう2年半近く休職している僕が給料を受け取るのは、なんだか後ろめたい気もするが、休職者へのちゃんとした支給規定を作ってくれている会社に感謝をする。でも、もちろん満額ではないので、これだけでは、専門学校へ行っている長男への仕送りだけで無くなってしまうだろう。あとの生活費は、どうしているのだろう?妻は、お金の話はしない。僕に余計なストレスをかけたくないからだという。僕も、聞かない。毎日の食費、次男の学費。コーヒー豆はいつも用意されているし、生活用品のストックもちゃんとしてある。パートの収入を合わせても、相当苦しいはずだ。両方の親もぎりぎりの年金生活をしているので、援助など望めない。それでも愚痴は吐かない。そんな妻に、何もしてあげられないどころか、迷惑ばかりかけている自分がいる。優しい言葉さえかけてあげられてない。

「後悔しても一緒だよ。元気になればどうにでもなるよ。」そう妻は言った。躁で息子の学費のためにと貯めていたお金を何十万も使いこんだ。後になって、そんな自分が情けなくなって「俺があんなことをしなければ、もう少し楽なんだろうな」と、言い訳がましく話をした時だ。

本当の優しさと、本当の笑顔を取り戻すのは、何時になるのだろう。妻を心から安心させ、心から微笑ませてあげられるのは。

「ずっと、このままでいるのか」「生活は、家族はどうなるのか」躁鬱病者の、心は暗い点滅を繰り返す。病気が原因で離婚した人も多い。家族に冷たくされながら苦しい毎日を過ごしている人。僅かな年金で世間を逃れるように寂しく暮らしている人。
「癌や、白血病の方がよっぽどよかった」こんな、他人に非難を受けそうな考えも、躁鬱病を患った者にしか理解はできないだろう。医者さえも本当の理解を示せないことが多い、こんな病が何故在るのか。答えは探せば探すほど、また闇へと、思考は連鎖する。

一人じゃないから、支えられているから、余計痛くなる事もある。でも、支えているほうはもっと苦しいのだろう。だから、命だけは繋いでいなければと思う。

今日は、4時に早朝覚醒したまま眠れなかった。起きてはいれるが不安定な毎日だ、いつまでだろう、文章を書けるのは。なんだかなあ、まあ、寝たきりよりよしとする。



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【2007/05/18 10:22】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3)
嫌な夢
実家が大火事になっていた夢。夜中に目が覚めた。その後の眠りは浅い。眠りついては、何度も目が覚めた。案の定気分は最悪。朝、7時30分に妻が起こしにきて、朝食を食べるときも、嫌な違和感が胸に残っていた。アモキサンはもう負けたんだろうか?2度寝して、起きて、昼飯食べて。何もする気が起こらない。とにかく、暗闇にはまぎれたくない。がんばれるか、アモキサン。

昼過ぎ頃から、気分が安定してきた。薬が効いてきたようだ。朝のか、昼のか。それにしても、この病に見舞われてから、「薬が効いている」という感覚ははじめてだ。今まで、パキシルルボックスを何ヶ月かおきに交互に飲んでいたが、まったく効いたという感覚を覚えたことは無かった。今回、もし、アモキサンが鬱に効いているとしたら、パキシルやルボックス等のSSRIはセロトニンのみに作用するらしいので、それ以外の伝達物質が足りなかったことになる。三環系であるアモキサンが主に作用すると言われるノルエビネフリンの再取り込みを薬が阻止し、同時に四環系であるテトラミドが神経末のα2受容体を遮断し伝達物質を増やしているのか、そのを思い描いてみる。どうなのか、本当か?もう少し様子を見ないことには分からない、心の星よ、どうかもう少し強く煌いてくれないだろうか。それとも明日は闇か。誰も知らない。

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【2007/05/17 10:30】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
躁鬱は星の瞬きのように
5月12日から、抗鬱剤が、ルボックスからアモキサンに変わった。
躁鬱病の人のプログなどでよく目にする薬だったが、なんと再発4年目にして初めての処方だった。
それが功を奏したのか、昨日から布団から起きれるようになった、パソコンのメールを整理した、ネットサーフィンした、前から読みたかった絲山秋子氏「イッツ、オンリートーク」をAmazonで注文した。そして、今まで書いていたプログ(去年の10月で鬱のため更新ができずにいたもの)をやめにして、こんなメンタルなものに変えた。
これは「軽躁」なんだろうか、いや、僕の躁はこんなもんじゃないので、単なるアモキサン効果と見たほうがいいのだろう。

躁鬱病は、まるで星の瞬きのようなものだ。突然、暗闇の中に消え入ったと思ったら、ある日満天の煌きで姿を現し、そしてまた、いつのまにか闇の中に陥る。

今日のこの僅かな瞬きが、明日には終るかもしれない。躁鬱病者は、その暗闇にいつも怯えて毎日を送っている。もちろん、僕もその一人だ。
プログの世界に目をやっても、そんな漂流者のような人がなんとも多いことか。健常者には、この苦しみはけっして分からないだろうし、なんでこんな事プログに書くのかも理解できないだろう。

でも、とにかく今日から、はじめてみようと思う。
明日は終るやもしれないプログだけれど、とりあえずは、下に病歴を記すことにします。

2003年
   7月 突然心臓が「どきどきっ」として、不眠、鬱に。
   8月 1ヶ月入院
   9月 復職
  12月 激躁になり1ヶ月入院
2004年
   1月 退院 2ヶ月休職
   3月 鬱になり入院
   5月 退院 鬱のまま自宅療養 3ヶ月休職
   9月 急に元気になり復職
2005年
  10月 躁により1ヶ月入院
  12月 激鬱により2ヶ月入院
   2月 退院するも、鬱のまま自宅療養。

2005年10月~2007年5月現在まで、1年7ヶ月休職中。

まあよくも今、普通に家庭生活を送り、会社もまだ辞めずにもっているなあって、自分でも思う。

【現在の薬】
朝:リチオマール100mg×3
  アモキサン25mg
  テトラミド10mg
昼:アモキサン25mg
夕:リチオマール100mg×4
  アモキサン25mg
  テトラミド10mg
就寝前:ロヒプノール1mg
    レボトミン5mg×2
頓服:デパス1mg
   レボトミン5mg


テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

【2007/05/16 11:54】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
躁鬱は星の瞬きのように


時には煌き、時には暗黒の世界に身を沈める、星の瞬きのような躁鬱病の日々を綴ります。

プロフィール

KEISUKE

Author:KEISUKE
43歳
妻・長男・次男

会社:ITコンサルタント系
躁鬱病にて 2005年10月より1年10ヶ月休職中

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