スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
生きてやれ
昨日は妻と二人で「花嫁とパパ」を観た後、10時には布団に入った。最近は寝る前に悲観的な事を考えなくなり、寝つきも良くなった。夜中にトイレに目が覚めると2時だった。二男の部屋をのぞくと勉強していた。理学部を志望するんだと言っていたが、まだ将来どうゆう職業につくかは考えていないらしい。とりあえず理学部というところか、しかし理学部といっても学ぶ内容は幅広い。インターネットで調べたが公務員から研究員まで就く職業も様々だ。学びながらでもいつかは自分のやりたい事を見つけるだろう。とにかく大学を出るまではしっかりと援助をしてあげないといけない。病に負けてはいられない

昼間散歩をしていると、見慣れない車が横に止まった。運転席から降りてきたのは、前に同じ職場で働いていたMさんだった。二年程前にその職場を辞め風水師になったと聞いていたが、それでは生計が立たず、今度弁当屋を開くのだと言う。畑を買って、無農薬野菜を作っていて、その野菜を売りにして弁当屋を開く準備をしていると。なんだか、会社勤めをしている時より生き生きしていた。人それぞれいろんな生き方がある、僕は今の会社にしがみついていく、この病気を飼い慣らして

二男のお気に入りの「太陽族」のCDを借りて聞いていたら、「生きてやれ、生きてやれ」と繰り返す歌が鳴った。「声」という曲名だったが、何だか二男から今の自分へのメッセージみたいに聞こえた。3年程前、僕は自殺未遂をした。激鬱で、家族と一緒に過ごすのも苦痛で、実家に帰っていた。食事と風呂以外は布団の中だった。もう一生このままだと、この苦しみを抱えたままなら生きていけないと、クローゼットのハンガーパイプにベルトを架け首を吊った。一分間程気を失って、首からベルトがはずれた。僕は生きていた。家族も誰も知らない自殺未遂。今思えば、何かに生かされた気がする。それからも何回も死にたいと思った事はあるけれど、死んではいけないという気持ちの方が強い。自分を生んでくれた母のため、父のため、支えてくれる妻のため、そして子供たちのため、命だけは絶ってはいけないと思う。この病が何度僕に死ねと囁こうと、負けない、生きてやる。

スポンサーサイト
【2007/06/06 14:30】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
<<ストレス耐性 | ホーム | 踏み出すか、もう少し様子を見るか>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://hosinomatataki.blog105.fc2.com/tb.php/21-33997480
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
躁鬱は星の瞬きのように


時には煌き、時には暗黒の世界に身を沈める、星の瞬きのような躁鬱病の日々を綴ります。

プロフィール

KEISUKE

Author:KEISUKE
43歳
妻・長男・次男

会社:ITコンサルタント系
躁鬱病にて 2005年10月より1年10ヶ月休職中

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

過去ログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。